【おしごと再起動】第7話「心から望んでいたもの」【うつ病前後の境界線 】

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逃げ出したい!

まさに目の前に絶壁が立ちはだかったような絶望的な気持ちが弱っていた自分の心をさらに支配しました・・・。

難易度は想像以上に高く、臨機応変な対応や決断も相当求められることになる戦いでした。指揮官や軍師がいない中で大群に囲まれて少数戦力で戦うしかない状況・・・。

明らかに準備が不足して余裕がなくなり、予想以上に判断基準がわからなかったため、結果として判断や選択のミスも連発するという惨状。いくら慣れていないとはいえ、言い訳もできない流れを生んでいました。

先輩のフォローがあるものの、タイミングも回数も難しく・・・。その上で厳しい指導と激しい叱責や問い詰められる場面が増え、そこで完全に思考停止してしまう自分に嫌気がさしたり・・・。

さらに夜の残業と朝の早出も必須となり、自分の時間がほぼ完全になくなる状態に。しかもそこに気温というか日によっての寒暖差がやけに激しくなり、周りの体調も悪くなり、いるだけで体力が削られていくような環境・・・。

高まる疲労と強まる自己嫌悪、不安とストレスとプレッシャーに押しつぶされそうな日々を過ごすことになりました。完全に顔の表情が死にかけ、すぐに息切れし、心も浮かない状態が続きました。しかも前回発生しなかったやけに喉というか体の水分が明らかに足りないと感じるような不思議な症状まで出る始末。

「ああ・・・ツライ・・・投げ出したい、何もかも」

そんな言葉が出るほどに自分のメンタルはまずい方向に確実に進むのは当たり前でした。

うつ病からの回復を意識してから初めてここまで追い詰められることになり、目の前が”まっくらやみ”という表現がぴったり合うほどに絶望的な精神状態になりました。心身ともにアラートも確実出ていました。それはあの時苦しみつづけた日々を連想させるのは簡単なほどに似た状況・・・。

戦場放棄をしたいという思いが心を一時支配し、家でも溜息しか出ないというかつて見た光景が繰り返されることになりました。

そして当然のように心にわいてきた言葉が・・・

あのときと同じく逃げた方がいいだろうか?

今逃げることはあの時と同じなのだろうか?

 

心からの問いかけ

つぶされそうな自分の心から発生した問いかけ。

一度逃げた者は逃げ癖がつくという言葉も頭には浮かんでいました。

(確かにつらい・・・でも今回本当に逃げていいのか?)

追い込まれすぎたからこそ、余裕がなさ過ぎたからこそ、自分自身に自然と問いかけが起こり、驚くほど冷静に考えることができました。

頭の中で考えました。今回の苦しみは前回と同じなのか、今逃げることは果たしてどういうことにつながるのか・・・

残念ながら今回の仕事は前回とは違い、逃げることはリスクが高すぎました。

ここで逃げることは得意先であるクライアントを失うことであり、今後の収入源を計算できなくなります。それはまだ不安定さを抱える自分の将来にとって大きなマイナスの影響が与えることになります。

それと同時に前回よりも深く大きな自信喪失という谷底のような亀裂を自身の心に刻むことに等しいのです。

 

そして今度は今回の仕事を始めてから今までを振り返ってみました

「自分の体調や精神状態を意識しすぎて守りの姿勢になっていなかっただろうか?」

「その目的のために全力を出すことができていただろうか?」

「失敗やミスをしたことがセミナー参加者への迷惑ではなく先輩の目を気にしたものになっていなかっただろうか?自分を守ろうとしなかっただろうか?」

「今回の仕事本来の目標自体を見失っていないだろうか?」

「不安のあまり自分勝手な意識が強くなっていなかっただろうか?」

答えは実に明白でした。

そして前回と大きく違う点にも注目しました。それは・・・期限!

あと数日しかないという状況も功を奏しました。そこを乗り切れば戦いが終わるのが見えていたから。

もう戦いも終盤でしたが、その時点でようやく自分がどう動くべきかが分かった気がしました。そういう意味では覚悟が足りていなかったのかもしれません。

今回の仕事を通じて右往左往していて集中力を欠いていることが多かった自分がそこだけに集中するという決意がようやくここにきて、できたのです。

・・・今回は・・・逃げない!逃げちゃいけない!!

(目の前の問題をとにかく解決していけばいい・・・無駄に考えすぎるのはやめだ・・・まずは自分のできる範囲で全力を尽くす!

それはまさに「背水の陣」。

 

久しぶりの感覚

漫画のようにすぐに諸々の問題が解消できるということはもちろんありませんでしたが、集中するという決意をした自分はその日から迷いがなくなっていきました。

今回の仕事で終始消極的で何事も受け身だったり、様子をうかがいながらおどおどしながら、それまでは何となくこなしているような対応をしていた自分とは異なり、自主的に動けることができ、「次にどうすればいいのか?」ということも考えることができるようになっていました。

人間の意思の強さというか、自分の力が発揮できていることを感じました。残りわずかだからこそできた覚醒。主体性をもって働いている自分、それはいつ以来かと思うほどに久しく忘れていた存在でした。

そこまで能力が高いとも言えない自分が本気を出してもたかが知れていますが、それでも決断や判断・選択はスピード感が増し、根拠もはっきり出せるようになりました。それだけで問題は大きく広がることなく、収束に向かう流れを作り出すことができていました。結果として迷いがない言動が彼らに安心感をもたらしました。

もちろん先輩の手厚いフォローもあってのことなのですが、決意をしたのが伝わったのかすごく協力的になってくれたような気がしました。おそらく歴戦の猛者である先輩は自分の甘さを見破っていたのでしょうね。覚悟ができていないことを。本気を出し切っていないことを。

相変わらず先輩から注意されることはありましたが、その主張を冷静に捉え、その前提条件がおかしいこと、それよりもこのタイミングでやるべきであるという判断をして行動することができたのは自分でも驚きでした。

本当に最後の最後で自分この仕事本来の目標に向かって本気になることができました。まさに一瞬のきらめきというごく短い期間だけでしたが。

今だからこそわかりますが・・・

本気を出した時に自分の力が明らかに及ばなかったら・・・

本気すら出せなかったら・・・

そんな不安をずっと抱えてきたのではないかと。

本気を出したことで何かが壊れ、あのうつ病がさらにひどい症状を引き起こすことになるのではないか?さらに自信を失いたくなかったのではないか・・・?

そこで、自分が勝手にひとりでビクビクおびえているだけの弱い存在になっていたことに気づきました。

限界と思っていた状況で恐怖を振り払って自発的に動いたことで、自分がうつ病になってから何を求めて動いていたのかがぼんやりわかった気がしました。そして自分がおかしな流れを自らで作っていたことにもようやく気づくことができたのです。

 

そして終焉

最後のラストスパートまでヒヤヒヤでしたが、なんとかセミナーも最終過程を終えることができました。それが今回の自分の仕事の終焉を意味していました。

大きなミスや数多くのミスは期間中やらかしましたが、参加者から感謝の言葉をもらったり、感動のあまり泣いてくれる方もいました。それは自分の弱さから自分を追い詰めてしまった参加者でした。笑顔とともに泣いている姿を見て、こう思いました。

「ああ・・・良かった。」

体からずっとまとっていた重荷が軽くなったような感覚になりました。肩の荷が下りたという安堵感・・・本当に久しぶりだと感じました。温泉施設などでお風呂の中でリラックスしているつもりでも、心の緊張感は残っていたんだなということを知ることになったのでした。

本来の仕事の目的である”参加者がスキルアップして満足して終えることができるようにサポートするということ”はギリギリではありましたが果たせたのかなと思うと、もう崩れ落ちそうなくらいに安心感が心の中に芽生え始めていました。

そんな矢先、背後から自分に声をかけてくる1人の方がいました。

 

“お疲れ様”

「お疲れ様・・・本当によく頑張ったね。大変だったと思うけど。」

先輩でした。

心なしか目には涙が浮かんでいるような・・・

厳しい言葉でありながらも今後の自分のために叱咤激励してくれて心配してくれていたんだなというのが伝わってきました。

「また今度の機会もお願いしたいから、その時はよろしくね」

お別れの言葉はそんな感じでした。

本当に色々と迷惑をかけてしまってばかりで、余裕なかったのにありがたい言葉です。

あとで聞いた話ですが、頑張っていることは伝わっていたものの方向性やミスの多さでもどかしさや何とかしたいと思っていたそうです。だから強く言って早めに矯正したかったとのこと。

※人によっては先輩についての印象は違う解釈もあるとは思いますが、自分は良い方の解釈で受け取っておくつもりです。

想像以上の大変さで限界も感じたお仕事でしたが、無事に終わったことをそこで改めて実感したのでした。

(逃げなくてよかった・・・あのまま逃げてしまっていたら、自分はすごく大事なものを失うところだったかもしれない)

「お疲れ様・・・自分」

こうして自分に対して素直にねぎらいの言葉を伝えることができたのです。

もし途中で逃げ出していたら、それ自体があり得なかった言葉。

(・・・そうか・・・仕事の中で持てる力を発揮して、全スケジュールを遂行して、自分が心から“お疲れ様”という言葉を自身に対してかけるという一連の流れを経験することを望んでいたんだ・・・あの異変が起こり始めて苦しかった前職の頃からずっと・・・)

第8話「見えた境界と新たな道」に続きます

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